創業間もなく累計調達2.5億円超。仙台から世界を狙うディープテックの正体

日本のスタートアップエコシステムにおいて、大学発ディープテックへの期待が高まっている。しかしその多くは、技術の優位性と事業化のスピードを両立できず、長い商業化プロセスの中で失速してしまうケースが少なくない。そうした課題に対して、まったく異なるアプローチで挑んでいる企業がある。2025年11月に法人化したNanoFrontier株式会社だ。東北大学の研究シーズを起点に、AIとロボティクスを武器として、素材開発の常識を根本から問い直している。

目次

  1. 「材料」ではなく「手法」を売る──ナノ粒子技術の汎用性という核心
  2. 規制の強化が追い風──「誰でも使えるPFAS検出キット」で先行市場を拓く
  3. 研究開発をソフトウェア化する──AIとロボティクスによる「属人性の解体」
  4. NEDO「GENIAC-PRIZE」受賞──大企業に交じり、唯一のスタートアップとして評価される
  5. 創業者の経歴──「素人の目」がイノベーションを生む
  6. 資金調達と3軸成長戦略──10年で1000億円企業を本気で狙う
  7. 地方創生の再定義──東北から「外貨」を稼ぐ
  8. おわりに

「材料」ではなく「手法」を売る──ナノ粒子技術の汎用性という核心

NanoFrontierの中核にあるのは、東北大学で長年培われてきたナノ粒子製造技術だ。もともとこの技術は、医薬品をラボレベルでナノ粒子化するために開発されたものだったが、同社はこれを医薬品に限定せず、あらゆる材料に適用できる汎用的な製法へと進化させた。さらに重要なのは、ラボレベルの実験技術を商用化レベルにスケールアップさせた。

技術の直感的なイメージとして、代表取締役CEOの井上誠也氏は「牛乳のように水中に微粒子を均一に分散させる」と説明する。添加剤やキャリアを必要とせずに薬剤をナノ化するもので、水に不溶な成分でもナノ粒子として均一に分散させることが可能だ。

同社の事業設計が秀逸なのは、特定の材料に依存していない点だ。「我が社のユニークな点は、特定の材料開発に特化するのではなく、ナノ粒子を作る『手法』そのものを事業の核としていることです。どんな化合物を、どんな液体に、どのサイズで分散させるかによって、無限の応用可能性が広がります。」この「手法売り」のモデルが、法人化直後から複数の事業領域を同時展開できる理由だ。

現在、PFAS汚染物質の検出試薬、レアメタルフリーの蓄電池用電解液、データセンター用冷却液、半導体研磨剤など、多様な製品開発が並行して進められている。一見、方向性がバラバラに見えるが、すべてに共通するのは「ナノ粒子の均一分散」という同一技術であり、この横断的な応用力こそが同社の競争優位の源泉になっている。

機ためのカプセル

規制の強化が追い風──「誰でも使えるPFAS検出キット」で先行市場を拓く

同社が最も速いスピードで事業化を進めているのが、PFAS(有機フッ素化合物)の検出試薬だ。PFASは極めて微量でも有害とされ、日本では2026年4月から厳格な濃度基準が導入される予定だ。従来は高価な分析機器による定量検査が必須だったが、NanoFrontierは「その場で、誰でも使える」簡易呈色キットを提供している。リアルタイムで濃度に応じた色変化が確認でき、コスト・スピード・汎用性の点で大きな優位性を持つ。

想定ユーザーとしては、水処理企業、PFAS除去装置メーカー、自治体の水質モニタリング部門、化学・半導体メーカー、自動車部品メーカーなどが挙げられる。サプライヤーからの調達時にPFAS混入を確認する用途など、産業界での広範な活用が進んでいる。

規制強化のタイムラインと事業の立ち上がりタイミングが整合しており、先行者として市場を押さえに行く戦略として合理性が高い。

研究開発をソフトウェア化する──AIとロボティクスによる「属人性の解体」

NanoFrontierが他のディープテック企業と一線を画す最大のポイントは、研究開発プロセスそのものをシステム化している点にある。

シミュレーション技術を活用して実験パラメータの当たりをつけ、ロボットアームが実際の実験を実行する。その結果を再びシミュレーションにフィードバックし、次の実験条件を最適化するサイクルを自動的に回すことで、人手を最小限に抑えながら、高速で研究開発を進めることができる。

従来の素材開発は、熟練研究者の経験と勘に強く依存してきた。再現性の確保が難しく、担当者が変わると品質が変わる、というのが業界共通の課題だった。NanoFrontierのアプローチはそこに切り込む。「従来の研究開発では、研究者が手作業で実験条件を変えながら、膨大な試行錯誤を重ねる必要がありました。これは極めて属人的なプロセスであり、研究者の経験と勘に大きく依存していた。しかし弊社のアプローチでは、ソフトウェアベースのワークフローによって、誰でも一定レベルの研究開発が可能になります。」

設備の画像

オフィスに隣接する共創研究所では、日東紡績と東北大学との三者協力のもと、日々こうした実験が行われている。ソフトウェアエンジニアが化学実験を行い、化学の専門家がソフトウェアを書くという、従来の研究室では考えられなかった光景が広がっている。

さらにその仕組みは研究の現場を超えて広がりつつある。テーマ探索から補助金探索・特許作成・潜在顧客探索までのすべての業務をAIが担う統合パイプラインへと発展させてきた。ビジネスそのものをAIで高速化するという発想は、スタートアップとしての機動性を最大化するうえで理にかなっている。

NEDO「GENIAC-PRIZE」受賞──大企業に交じり、唯一のスタートアップとして評価される

この取り組みは、国の機関からも正式な評価を受けている。2026年3月に開催されたNEDO懸賞金活用型プログラム「GENIAC-PRIZE」の「製造業の暗黙知の形式知化」テーマにおいて受賞。大企業がメインで賞を受けていた中、唯一スタートアップ企業としても表彰を受けるという快挙だ。

NanoFrontier 井上代表
NanoFrontier 井上代表

受賞に際して井上氏はこうコメントしている。「熟練研究者の『暗黙知』に依存してきた材料開発を、AIエージェントとロボティクスによってデータ駆動型へ転換するというビジョンを審査員の皆様に評価していただけたことを嬉しく思います。今回の成果を糧に、PFAS対策をはじめとする社会課題の解決を加速し、日本のものづくりの競争力強化に向けて、さらに挑戦を続けてまいります。」

「ものづくりの暗黙知をAIで形式知化する」という命題は、製造業全体が直面する構造的課題であり、国策としての優先度も高い。その最前線に位置するスタートアップとして、NanoFrontierは急速に存在感を高めている。

創業者の経歴──「素人の目」がイノベーションを生む

代表取締役の井上誠也氏は、東京大学農学部および同大学院で有機化学と機械学習を学び、Microsoftでの技術営業経験を経てAIスタートアップを起業した異色の経歴を持つ。2024年12月に東北大学准教授である岡弘樹氏と出会い、共に創業を決意した。岡氏は環境エネルギー材料を専門とし、PFAS試薬の源流となる研究を長年主導してきた。

事業領域の選択に際して井上氏が指針とするのが、二宮尊徳の「道徳なき経済は罪悪であり、経済なき道徳は寝言である」という言葉だ。ワクワクするけれど稼げないのは「寝言」、稼げるけれどワクワクしないのは「罪悪」──両方が成り立つ事業を探し続けていた末に、ナノ粒子技術と出会った。岡氏との出会いから4ヶ月で創業を決意したというスピード感も、この確信の強さを物語っている。

井上氏自身がこの素材領域の「素人」であることを強みに挙げる。既存のしがらみなく「AIを使えばもっと早くできるはず」と発想できることが、新しいシステムを作れる源泉だというのだ。化学実験という世界に、AIと機械学習の視点で入り込んだからこそ見えた革新の余地――それが同社の出発点になっている。

資金調達と3軸成長戦略──10年で1000億円企業を本気で狙う

2025年10月、第三者割当増資により約1.5億円の資金調達を発表。ジェネシア・ベンチャーズ、アニマルスピリッツ、モバイル・インターネットキャピタル、日東紡績の4社が参加し、経済産業省の「Go-Tech事業」などの公的支援も活用した。累計調達額は2.5億円を超える。

事業展開の方向性について、井上氏は3つの軸で捉えている。第一のX軸は事業ドメインの拡大で、環境・エネルギー・半導体・食品など多様な領域で複数の企業と協業を進める。第二のY軸はバリューチェーンの拡大で、材料提供にとどまらず、その材料を使った最終製品の開発にも乗り出す計画だ。第三のZ軸は海外展開で、創業初年度から海外企業との対話を開始し、グローバル市場への進出を加速させている。

将来的には、ユニコーン、デカコーンを目指す。IPOは通過点であり、その後も価値を高めていくと井上氏は述べる。

技術資料

地方創生の再定義──東北から「外貨」を稼ぐ

NanoFrontierが掲げるビジョンは、技術や事業の枠を超えた地域への貢献にまで及ぶ。「私の考える地方創生は、その地域でビジネスをすることではない。東北地方の優れたアセット(人材や技術)を活用して、日本国外から外貨を稼ぎ、それを東北地方の経済圏に貢献することだ」と井上氏は話す。

東北大の理系院生(修士)は毎年1,000人以上が就職していく中で県内就職が6%ほどにとどまり、宮城県の東京圏への人口流出は全国で最も多い状況だ。彼らが「ここで働きたい」と思える、世界にインパクトを与える受け皿を作ることが、スタートアップにできる最大の貢献だと語る。

その実践として東北大学に共創研究所を設立しており、スタートアップにいながらアカデミアのキャリアを手放さずに技術の社会実装に挑戦できる、「研究者サンクチュアリ(聖域・保護区)」と呼ぶ環境を整備している。

おわりに

ナノ粒子の製造技術を「手法」として汎用化し、AIとロボティクスで研究開発の属人性を解体する。環境規制への対応から半導体・エネルギーまでを射程に収め、法人化直後から国際展開を視野に入れる。NanoFrontierの取り組みは、日本の製造業が長年取り組んできた「技術はあるが、事業化・スケールが遅い」という構造的課題に、真正面から答えようとする試みだ。精密研磨の観点から見ると、半導体研磨剤という分野への展開は特に興味深い。同社が「特定材料」ではなく「ナノ化手法」を起点に複数の高付加価値領域を同時攻略している点は、製造業プラットフォームとして極めて合理的な戦略だ。

「AIと人間が協働する研究開発の新時代は、すでに仙台から始まっている」─この言葉を証明するかのように、同社の歩みはいま加速している。


NanoFrontier株式会社

Nanofrontierlogo

所在地:宮城県仙台市青葉区片平2-1-1 東北大学産学連携先端材料研究開発センター215号室
WEBhttps://nanofrontier.jp/