はじめに

EV、AI・データセンター、5G通信インフラなど先端産業の急速な成長に伴い、レアアースをはじめとする希少材料への依存が深刻化しています。特に、これらの材料の多くが海外、とりわけ特定国に依存している現状は、日本の製造業にとって大きなリスク要因となっています。
九州大学大学院システム情報科学研究院の稲葉優文助教が開発した「回転電極電界整列技術」は、この課題に対する画期的な解決策として注目を集めています。本記事では、この革新的な技術の概要と、その技術的特徴について詳しく解説します。

EVバッテリー

目次

  1. 課題:材料制約が先端産業の成長を阻むリスク
  2. 解決策:回転電極電界整列技術
  3. 知的財産と研究開発の進展
  4. 応用分野と技術の波及効果
  5. 研究開発体制
  6. まとめ:希少材料依存からの脱却に向けて

課題:材料制約が先端産業の成長を阻むリスク

現代の先端産業は、希少材料への依存度を急速に高めています。EV・モビリティ分野ではモーターやバッテリーに使用されるレアアースが不可欠であり、AI・データセンターでは高性能半導体や冷却システムに特殊材料が必要とされています。さらに5G・通信インフラでは高周波対応部品の電磁材料が、民生機器・モバイル分野では小型化・高性能化を実現するための特殊材料が求められています。

これらの材料は供給が限定的であり、地政学的リスクも伴います。そのため、「使用材料を増やす」のではなく、「材料効率を上げる技術」が必須となっているのです。

解決策:回転電極電界整列技術

技術の概要

回転電極電界整列技術は、電界を利用して材料の微細構造を制御する独自の技術です。具体的には、回転する電極によって生成される電界を用いて、フィラーやナノ粒子を樹脂中で整列させることができます。

この技術により、少量の材料で高性能を実現することが可能になります。材料の配向を最適化することで、使用量を削減しながら性能を向上させることができるのです。また、均一で制御された構造により製品品質が安定し、高品質な生産が実現します。特筆すべきは、充填率を15%低減しながら熱伝導率を2.2倍に向上させるという、従来では相反する要求を同時に満たせる点です。


応用例:放熱シート

技術の実用例として、放熱シートの効率的な生産が挙げられます。

従来の製造方法では、熱源から熱を効率的に逃がすために高い充填率、つまり多くのフィラー材料が必要でした。しかし、回転電極電界整列技術を用いることで、フィラーが熱伝導の方向に整列し、ヒートシンクとして効率的に機能するようになります。その結果、材料使用量を削減しながら性能を向上させることが可能になりました。

電子基板上に取り付けられたアルミ製ヒートシンク(放熱板)
電子基板上に取り付けられたアルミ製ヒートシンク(放熱板)

従来技術との比較

性能面での優位性

実験データによると、この技術は顕著な性能改善を実現しています。粒径50μm、5kVpp、60Hz、厚さ1mmの条件下において、熱伝導率が2.2倍向上し、充填率は15%低減されました。

これにより、複数のメリットが同時に得られます。充填率の低減により材料がより柔軟になり、表面への密着性も改善されます。さらに、材料の低比重化による軽量化が可能となり、材料使用量の削減によって低コスト化も実現します。つまり、省材料と高品質を同時に可能とする画期的な技術といえます。

技術的特徴

第一に、フィラーの配向制御により効率的な熱伝導パスを形成することで、熱伝導性が大幅に向上します。第二に、少ない材料で同等以上の性能を実現できるため、充填率を低減できます。第三に、様々な樹脂・フィラー材料に適用可能という汎用性を持っています。第四に、2D(板状)や1D(繊維状)など多様な形状の粒子に対応できる柔軟性も備えています。

競合技術との位置づけ

現在、材料の配向制御技術としては複数の競合技術が存在します。積水化学工業による磁界整列技術、新光による磁場成長に関する整列技術、中国企業などが手がけるせん断力整列技術、そしてCondAlignによる電界整列技術などがあります。

これらと比較して、回転電極電界整列技術は「省材料性」と「量産適合性」の両面で優れた特性を持ち、競合技術を大きく上回る位置づけとなっています。

素材

知的財産と研究開発の進展

特許による技術保護

本技術は、すでに4件の特許出願により知的財産として保護されています。

まず、特願2023-191332(PCT/JP2024/015093)として、機能性シートの製造方法、製造装置、製造システム、および機能性シートそのものに関する特許が出願されています。次に特願2023-067264では、機能性シートの製造方法および製造装置について保護されています。特願2022-170278では、シートおよびシートの製造方法が対象となっており、さらに特願2025-187146では、フィルム状メタマテリアル及びその製造方法についての特許が出願されています。

これらの特許により、回転電極電界整列技術の基本原理から応用技術まで、幅広い技術領域がカバーされています。

産学連携による研究開発

2025年度の実績として、約10百万円規模の受託研究を実施し、上場大手企業を中心に数十件の共同開発依頼を受けています。これは、技術の実用性と産業界からの期待の高さを示すものです。

多くの企業が自社の課題解決に向けて本技術の適用可能性を探っており、様々な応用分野での実証研究が進められています。

ミーティング

応用分野と技術の波及効果

主要な応用領域

回転電極電界整列技術は、幅広い産業分野での応用が期待されています。

放熱材料(TIM:Thermal Interface Material)の分野では、データセンターやAIサーバーの冷却システム、5G通信機器の熱管理、パワー半導体の放熱対策などへの応用が見込まれており、この市場は2024年時点で約35億USDの規模となっています。

電磁材料の分野では、高周波通信部品の電磁シールド、アンテナ材料、EMI/EMC対策材料などへの適用が期待されています。通信向けの電磁材料市場は約195億USD(2024年時点)と大きな規模を持っています。

さらに複合材料・電池材料の分野では、電気自動車のバッテリー熱管理、航空機や自動車向けの軽量複合材料、次世代電池の電極材料などへの応用が考えられており、この市場規模は約300億USD(2024年時点)にも達しています。

技術の波及効果

本技術の特徴である「省材料性」と「高性能化の両立」は、多面的な波及効果をもたらします。

環境負荷の低減という観点では、希少材料の使用量削減による資源の有効活用が実現されます。製造プロセスの効率化によってエネルギー消費も削減され、さらに製品の軽量化により輸送時のCO2削減にも貢献します。

産業競争力の強化においては、材料コストの削減と製品性能の向上が同時に達成できることで、企業の競争優位性が高まります。また、新規材料の開発期間を短縮できることで、市場投入までの時間も短縮されます。

サプライチェーンの強靭化という面では、海外依存度の高い希少材料の使用量を削減することで、材料調達リスクが分散されます。国内での技術開発・製造を推進することで、より安定した供給体制の構築が可能となります。

これらの分野で、材料効率化のニーズが急速に高まっています。

研究開発体制

このプロジェクトは、九州大学を中心に、産学連携の枠組みで進められています。

研究代表者である稲葉優文は、九州大学大学院システム情報科学研究院の助教として、回転電極電界整列技術の発明者であり、技術開発と基礎研究を主導しています。

研究開発には、複数の企業や機関が協力しており、九州大学研究室およびテクニカルスタッフによる技術開発、製造業やスタートアップ経営の経験を持つアドバイザーによる産業界との連携、そして九州大学OIP(オープンイノベーションプラットフォーム)による大学連携支援という体制で推進されています。

2025年度には約10百万円の受託研究を実施し、上場大手企業を中心に36件の共同開発依頼を受けるなど、産業界からの高い関心を集めています。

まとめ:希少材料依存からの脱却に向けて

回転電極電界整列技術は、日本の製造業が直面する希少材料への依存という構造的課題に対する、実効性の高い解決策を提供します。

技術的優位性として、材料使用量を削減しながら性能を向上させることができます。具体的には熱伝導率が2.2倍に向上する一方で充填率は15%削減されています。様々な樹脂やフィラー材料に適用可能という汎用性を持ち、量産化に適した製造プロセスを実現しています。2D(板状)や1D(繊維状)の粒子にも対応可能な柔軟性も備えています。

プリント基板の上に置かれた金属インゴット

期待される応用分野は広範囲に及びます。データセンターや5G機器の熱管理を担う放熱材料(TIM)、通信インフラの高周波対応部品に使われる電磁材料、航空機や自動車の軽量化を実現する複合材料、そしてEVバッテリーの性能向上に貢献する電池材料など、多岐にわたる分野での実用化が見込まれています。

社会的意義としては、レアアース依存の低減による材料セキュリティの向上が挙げられます。サプライチェーンが強靭化され、材料使用量の削減により環境負荷も低減されます。これらすべてが、日本の製造業の国際競争力強化につながります。

現在、すでに4件の特許を取得し、多数の企業との共同研究を通じて実用化に向けた開発が進められています。この革新的な技術が、持続可能な製造業の発展に貢献することが期待されます。


研究に関するお問い合わせ

稲葉優文
九州大学大学院システム情報科学研究院 助教
E-mail: inaba@ees.kyushu-u.ac.jp
TEL: 092-802-3771